20260311 令和8年第2回富岡町議会定例会一般質問その2
- tsutomuhirayama

- 3月29日
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更新日:4月3日

(子安観音跡地、再建予定あり)
「2、子安観音と毛萱観音について」
(1) 津波の被害を受けて半壊した子安観音と津波被害を免れた毛萱観音について、文化財としての観点と、震災、津波の伝承や教訓として保存、活用する考えはあるか。
政教分離から建物そのものには手を出せないまでも、周囲の整備をして、プチ復興祈念公園のようにして、歴史文化だけでなく、震災の伝承を伝える場所にしてはどうか。
子安観音の土地は小浜財産区なので、手をいれるには相談が必要かと思う。再建の話はきいている。建物自体には宗教分離の観点から町は手を出すことはできないかもしれないが、あの場所をもっとキレイに整備して復興祈念公園のようなものにしてはどうか。本当は観陽亭跡地がいいけど。そしてそこにも津波高表示版、子安観音の歴史、震災からの再建、QRコードでは今昔物語とか、歴史、伝承、防災のそれぞれの面で面でも貴重なストーリーができる。
毛萱観音の土地は震災前に行政区から町に譲渡された。その時は管理は行政区でやるということだったらしいが、今では住んでる人がいない。なら管理は町でやってはどうか。
あの場所は周囲の家は全て津波の被害を受け、毛萱観音が残ったのは一つの奇跡としてとても貴重で、久ノ浜の秋葉神社ほどではないにしても、やり方によってはそれに匹敵し、奇跡の観音堂としてのストーリーがある。なのに町にはその価値がわかる人がいないのは残念。
なのでここも一つの復興祈念公園のようなものに整理すれば、もっと訪れる人は増える。
そしてここに津波高表示版とうより、津波到達碑のようなものが相応しく、歴史を伝える案内板、QRとともに設置を希望する。
教育長答弁
東日本大震災の津波により半壊した子安観音堂と、周辺の森林に守られ、津波被害を免れた毛萱観音堂は、古くから安産祈願などの信仰を集め、地域の人々の手で護られてきた文化財であり、震災からの教訓を伝承する場所であるとも認識しております。現在、取り壊しとなった子安観音堂につきましては、震災後の様子を3Dデータで記録保存しており、とみおかアーカイブ・ミュージアムで閲覧いただくことも可能であります。
また、ご提案をいただきました、二箇所の観音堂の活用につきましては、先にご説明いたしました、富岡駅周辺エリアにて計画しております、『記憶をたどるQR街歩き事業』の
実施個所の一つとして整備を進めてまいります。観音堂周辺の整備につきましては、地元住民の皆様と意見交換を行いながら、震災学習の場としても活用が図れるよう、検討を行ってまいりますので、議員のご理解を賜りますようお願い申し上げます。

(毛萱観音、ほぼ管理できてない)
再質問
毛萱観音については、震災前に行政区の方から町の方に住民の方が管理するということで譲渡されたということですが、その地域は住民の方がいないので管理する人がいない。そういう管理も含めて誰がやるのか今後検討する必要がある思いますがどうでしょう。
生涯学習課長
現在毛萱地区につきましては、先ほどの災害危険区域ということで住宅を建てられない場所になっておりますので、住民の方お戻りいただけない状況になっております。住民がいないということで管理ができないということでございますが、町内では町外に避難している方が多くいる行政区においても、神社の再建をしている事例などもございますので、ここはしっかりと行政区の方とまずお話をして、今後どういったことをやっていけるのかというところを確認をしてから一緒に、学びの場としての整備を進めていければと考えておりますので、ご理解の方よろしくお願いいたします。
再質問/消えた「復興祈念ゾーン」
ぜひ進めていただければと思います。毛萱地区それこそ災害危険区域で、もう人が住めない場所であるからこそ、なおさら、何か残さなきゃいけないというふうには思っております。
最後に、そもそも2015年の第二次復興計画では、沿岸部は「復興祈念ゾーン」と位置付けられ、「小浜・仏浜・毛萱) ・JR 富岡駅の東側一帯を復興祈念ゾーンに、地震・津波・原子力の複合災害の被災地と して世界に向けて情報を発信します。」 となっています。
「町と町民がともに考えた復興祈念公園毛萱から小浜の海岸線を 震災から復興を祈念する拠点として整備します」「先人の知恵から学ぶ 子安観音・毛萱観音 津波被災を受けながら流出をまぬかれた子安観音(公園北部)と毛萱観音(公 園南部)から得られる先人の知恵を紹介」
となってます。これ全くできてないですね、10年経っても何も進んでないです。
さらに先人の知恵から学ぶ。ここではっきり名前出てるんですけど子安観音、毛萱観音、津波被災を受けながら流出を免れた子安観音と毛萱観音から得られる先人の知恵を紹介。これ
併せて、第三次ではこの復興祈念ゾーンが自然と芸術観光共生ゾーンに変わってる。
これは、「復興祈念ゾーン」はもう終わったっていう理解で、自然と芸術共生に変化してったんでしょうか。第二次と第三次復興計画って繋がってないんですかこれ、全く変わってしまったんで。10年すぎても何一つ達成してないのはどう言うことか。当町はただでさえ夜の森以外にこれといった観光資源が少ないが、一つ一つを大切に発信していくことで、学びの町に一歩近づけるのではないか。
企画課長
平成27年6月に策定した2次計画におきましては、今、議員からご指摘のありました通り沿岸部分を復興祈念ゾーンとして位置付けてございます。位置付けた上でですね、鎮魂に加えて、震災及び原子力災害の教訓を将来にわたり伝えていく場とするという考え方を示させていただきました。
その上でですね、沿岸部は津波の被災地であったこともありますので、復旧復興の進め方としては、まずは安全の確保といったところからということで、除染をはじめ、環境の回復を段階的に進めてきたという経過がございます。
こうした経過を踏まえまして、第三次計画におきましては、今ほどこちらも議員からご指摘のありました通り、沿岸部の位置付けを、自然と芸術、観光共生ゾーンといたしました。
これはですね震災の教訓を伝える視点を大切にしながらも、自然環境との共生、交流、観光、それから芸術文化等の要素も取り組んで、地域の魅力と回遊性を高める方向で整理したというふうにしております。
従いましてですね、従来の祈念伝承という理念を進めるものではなく、自然、文化、観光と結びつけまして、来訪者が訪れてですね、学び、町の記憶として触れる場として機能されていくことが重要であるというふうに町として考えてございます。
今後ですね、関係機関と調整をしながら、伝承の取り組みを具体化して、沿岸部が、訪れる意義のある場所にしていきたいというふうに思ってございますので、よろしくお願いいたします。
再質問
ぜひとも「復興祈念ゾーン」ですね、パトカーもそうだし子安観音、毛萱観音もそうだし、駅前もそうですね。いろんなところにそういういい場所、それにふさわしい場所がありますので、さらに歴史文化っていうところに行くと、もっと町の中にもたくさんあるんで。
でも初めて来た人にとっては全く気がつかないで素通りしてしまうという現状がありますので、これすべてQRを詰めていけばいいのかもしんないですけれども、ひっくるめて、ぜひとも町全体を学びの町にしていっていただきたいなと思います。町づくりとしてもやっぱり大きな一助となり、或いは移住促進にも繋がることですので、ぜひとも今後とも進めていっていただきたいなと思います。
教育長
私自身も6月の議会での質問以降、一通りの部分を、課長、補佐含め、一通り見せていただきました。今回の質問の前にも、改めまして2つの観音堂を見てきました。現地に行くとやはり、そこにこれまで培ってきた思いというものをすごく感じる部分、私自身も感じさせていただきました。本事業については、これからの富岡町の文化歴史、そして震災の風化防止等を含めまして、重要な事業と考えておりますので、今後私自身も含め、生涯学習課、町全体としてしっかりと取り組んで参りたいと考えております。
また併せて富岡の歴史を学習する機会が減ってきた小中学校の子どもたちにおきましても、こうした部分をしっかりと伝え、富岡町を知る。そして、愛する子どもたちを育てていきたいと考えておりますので、今後もご指導等をお願いできればと思います。ありがとうございます。
再質問(まとめ)
これらは伝承、教訓、歴史文化というのみならず、富岡町をつくってきた先人、昔からずっと富岡町をつくってきた先人のアイデンティティーだと思うんです。
なのでそういうところを大切にする町でありたいなと自分は思ってます。
この3月11日という日に、この場所でしゃべらせていただくっていうことがとても感慨深く感じられます。イチ町民として、襟を正して、これからもやっていくという思いが強く沸いてきたところで、自分の一般質問を終わらせていただきます。


